いつから好きだったのか、聡はいまだにわからないでいる。でも美鶴が好きだという事実には間違いない。
鞄を脇に抱えながら駅舎への道を大股で歩く。鍵を持っているのは自分だ。自分が行かなければ開かない。それを思うと、いつもより少しだけ歩調を遅めてしまう。
たまには、自分を待ち遠しく思う美鶴の姿を見てみたい。
この想いは贅沢なのだろうか?
いつもなら競歩のごときスピードだ。美鶴に逢いたいという思いもあるし、瑠駆真に先を越されたくないという競争心もある。昨日などはとんでもない現場を目撃してしまった。
その後には素性のわからない女性が現れ美鶴は鍵を置いて姿を消し、腑に落ちない思いで鍵をかけている所に、ツバサと里奈が現れた。
わからねぇ。なんだって俺があれほどまでに罵倒されなければならないのだ。
イライラと地面を蹴る聡の耳に響く言葉。
「金本くんは優しさが足りないんだよっ」
優しさ。優しいって何だ? 優しいってのは、人を甘やかしたり女々しく人に媚びったりする事なんじゃないのか?
だが一生懸命否定を試みても、どこかでツバサの言葉に納得してしまう部分がある。
事あるごとに強引な手を出してしまう自分。まだ美鶴が下町のボロアパートに住んでいた頃、抱きしめてキスをして、押し倒してしまった。今のマンションに移ってからも、路上で思わず抱きしめたくなった事があった。
そして夏休みの教室では―――
耳朶を叩く、母の声。
聡、やめてっ!
一気に湧き上がる激情。それを抑えられない自分。
優しさ。優しさがあれば自分は美鶴を振り向かせる事ができるのか。でも、優しさって何だ?
自分と対峙する甘やかな瞳と理知的な視線。
瑠駆真のように、もっと温和で、もっと冷静で、もっと物腰柔らかに接すれば、それが優しさになるのだろうか?
わからない。
一晩考え、授業中もずっと考えていた。だが、明確な答えを出す事ができない。
「どうせ美鶴に対してだって、こうやって喚き散らしてばっかりいるんでしょっ!」
正直、否定できない。
わかってるよ。わかってるんだ。涼木にいちいち言われなくたって、俺だって自分を変えなきゃいけないって事ぐらい、わかってるんだよっ!
心内で叫び、もう少しで駅舎というところまできて、足を止めた。
視界にチラつく人影。コソコソと、隠れようとも乗り出そうとも、どちらともつかない中途半端な横顔。聡は思わず眉をしかめた。
田代っ!
里奈も聡の姿を見つけ、無言のまま硬直してしまった。
僕はただ、美鶴と一緒に幸せになりたいだけなんだ。
瑠駆真は校舎と校舎の細い脇道を歩きながら唇を噛む。
なのに、どうしてわかってくれないんだ。
「権力を振りかざすヤツの気持ちなどわかるか」
責めるような美鶴の声。
僕は、権力を振りかざしたつもりはない。このようにして美鶴の謹慎を解くつもりなどはなかった。いっそのこと二人で退学してしまうつもりだった。
だが美鶴は、瑠駆真が立場を利用して美鶴を救い出したと非難する。
彼女が権力や家柄などといったものを嫌っているのは知っている。瑠駆真も、あまりそのようなものは好きではない。生まれもった要素で他人を評価したり扱ったり、扱われたりするのは好きではない。
僕は別に、身分を利用するつもりではなかったのだ。
ラテフィルの王族だから君に不自由はさせない。
そのような言葉で美鶴を誘った事などは棚にあげ、瑠駆真は必死に心内で問いかける。
美鶴、君はどうしてわかってくれない。何を誤解しているというんだ。どうすればこの誤解は解ける?
知らずに足早になる瑠駆真の耳に、ボソボソとした話声。
誰だろう?
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